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名古屋家庭裁判所 平成8年(家)1220号 審判

申立人

甲野花子

申立人代理人弁護士

岩月浩二

相手方

甲野太郎

相手方代理人弁護士

岡本弘

主文

相手方は、申立人に対し、金一〇〇〇万円を支払え。

理由

第一  申立ての趣旨

相手方は、申立人に対し、財産分与として金二億円を支払え。

第二  当裁判所の判断

1  本件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人と相手方は、昭和四五年三月二日婚姻の届出をして夫婦となり、昭和四九年七月六日長男次郎を、昭和五二年二月二八日長女春子を儲けた。

相手方は、昭和四七年、甲野興業の屋号で砂利、砕石の運搬業を始め、その後、土木建築業を営むようになり、昭和五三年にはこれを会社組織にして、甲野興業株式会社を設立した。

(2)  申立人と相手方は、昭和六〇年一一月七日二人の子の親権者をいずれも申立人と定めて協議離婚した。

離婚後、相手方は、相手方肩書地の相手方所有建物(以下「○○町の家」という。)を出て、乙川夢子と同棲を始め、申立人は、二人の子と共に○○町の家に残った。

(3)  相手方は、昭和六一年三月二七日に夢子と婚姻し、同年四月には申立人が二人の子を残して○○町の家を出たためこれを引き取った。

しかし、相手方は、その後夢子と不和になり、同年七月には同女と別居して、二人の子を連れて○○町の家に戻った。

(4)  申立人は、昭和六一年七月末ころ、相手方と二人の子が居住する○○町の家に戻り、後に相手方と性交渉も持つようになった。

(5)  相手方と夢子は、昭和六二年一一月一九日裁判により離婚した。

(6)  申立人と相手方は、その後再び不仲になり、平成四年二月七日申立人が子らを置いて○○町の家を出たため、別居状態となった。

(7)  申立人は、平成四年一一月一六日、当庁に財産分与及び慰謝料を求める調停を申し立て(当庁平成四年(家イ)第二五〇四号、二五〇五号)、上記財産分与調停申立事件は、平成五年六月二五日審判に移行した(当庁平成五年(家)第一八一〇号)。

なお、申立人は、相手方を被告として、名古屋地方裁判所に慰謝料請求訴訟(名古屋地方裁判所平成五年(ワ)第二二七二号)を提起した。

(8)  上記審判事件について、平成六年一二月一四日、申立人の申立てを却下する旨の審判がなされたため、申立人が上記審判に対して即時抗告をしたところ(名古屋高等裁判所平成六年(ラ)第二六三号)、平成八年一月三一日、原審判のうち、昭和六一年七月末ころから平成四年二月六日までの内縁関係期間(以下、この内縁関係を「本件内縁」といい、上記内縁関係期間を「本件内縁期間」という。)中の財産分与の申立てを却下した部分を取り消し、取消し部分を差し戻す旨の決定がなされ、本件として当庁に係属するに至った。

2  そこで、本件内縁の解消に伴う財産分与について検討するのに、まず、相手方は、「申立人と相手方は、平成四年一月、本件内縁を解消するにつき、相手方が二人の子を養育し、申立人は財産分与請求権を放棄する旨の合意をした。」と主張し、これに副う資料(Cの甲31、乙10、32、相手方に対する審問の結果)が存する。

しかし、財産分与請求権の放棄のような重要な意思表示については、通常は後日紛争が生じないように書面の作成がなされることが多いと考えられるところ、本件においてはそのような書面の提出がなく、かつ、上記資料は、すべて相手方の陳述や陳述を記載した書面であることからすれば、上記資料だけでは、申立人が財産分与請求権を放棄した事実を認めるには足りないというべきである。

3 次に、慰謝料的財産分与は、上記のとおり申立人において別途慰謝料請求の訴訟を提起したことから、本件においてこれを認めるのは妥当ではない。

また、扶養的財産分与については、本件記録によれば、申立人は本件内縁を解消した後現在丙山三郎と同居生活を始め、自らはパートで月約七万円、丙山は会社員として月約三〇万円の収入を得ていることが認められ、これらの事実に照らすと、扶養的財産分与は、その必要性がなく、これを認めるのは相当ではない。

4  そこで、すすんで、本件内縁期間中に申立人及び相手方が形成した財産に関する清算的財産分与について、検討する。

(1)  預金及び債務について

本件記録によれば、相手方は、岡崎信用金庫春日井支店に、相手方名義のほか申立人、長男次郎及び長女春子の各名義の預金を有しており、その残高は、昭和六一年七月三一日時点で、相手方名義分一六一九万〇二四九円、申立人名義分一〇〇六万〇四七一円、長男次郎名義分六〇万円、長女春子名義分七一万八二九七円であったが、平成四年一月三一日時点では、相手方名義分九七〇九万三二七七円、申立人名義分二九六一万四八九八円、長男次郎名義分二六〇万〇七三二円、長女春子名義分二八三万六三九五円となったこと、したがって、相手方の預金は、上記二つの時点の間に、相手方名義分で八〇九〇万三〇二八円、申立人名義分で一九五五万四四二七円、長男次郎名義分で二〇〇万〇七三二円、長女春子分で二一一万八〇九八円増加したこととなり、増加額の合計は一億〇四五七万六二八五円となること、他方、相手方は、岡崎信用金庫に、平成四年一月三一日時点で手形貸付債務を六六八〇万円負っていたこと、上記手形貸付は、預金を担保としてなされたこと、以上の事実が認められる。なお、相手方が、昭和六一年七月三一日時点において負債を負っていたことを認めるに足りる資料はない。

これらの事実によれば、上記手形貸付債務は、預金を担保としてなされていることに照らすと、実質的には預金の減少と見るべきであるから、その使途にかかわらず、清算すべき負の資産として、預金の増加額から控除すべきものと解する。したがって、上記の預金の増加額一億〇四五七万六二八五円から負債額六六八〇万円を控除した三七七七万六二八五円が、本件内縁期間中に実質的に増加した相手方の預金であるということができる。

なお、相手方は、相手方の経営する甲野興業株式会社の約八億円の債務につき連帯保証をしており、これらの債務を考慮すべきである旨主張する。しかし、これらの債務は、甲野興業株式会社の運営のために生じたものと推認され、申立人及び相手方の実質的な共有財産を形成するに当たり生じたものと認めるに足りる資料はないから、実質的共有財産の清算を目的とする清算的財産分与に関しては考慮に入れないのが相当である。

(2)  仮名・借名預金口座を利用した隠し所得について

申立人は、「相手方は、その経営する甲野興業株式会社において架空経費を計上し、仮名預金、借名預金口座を利用することによって、昭和六二年から平成四年にかけて約一億五〇〇〇万円に及ぶ隠し所得を得た。」旨主張する。

たしかに、資料(Cの甲一ないし三)のほか本件記録によれば、相手方は、紋別信用金庫旭川支店に佐藤太郎、杉本則男及び三上健二各名義の架空名義の口座を、旭川信用金庫あたご支店に坂東光男名義の架空名義の口座を、士別信用金庫本店にJ村四郎名義の借名口座を有し、これらの口座に甲野興業株式会社から多数回にわたり数十万円ないし三百数十万円を入金し、これらの預金を多数回にわたり引き出していたことが認められる。

しかし、上記のようにして申立人が引き出した金員が、本件内縁解消時にそのまま現金として相手方の手元に残っていたことを認めるに足りる資料はなく、申立人は、上記金員は競争馬の購入や競馬資金に充てられたと推測し、相手方は、上記金員を甲野興業株式会社と取引関係にあったゼネコンに対する裏リベートとして費消した旨主張する。そうすると、上記金員は、本件内縁解消時までに何らかの使途に費消され、本件内縁解消の時点で現金として存在していたものではないと推認されるから、本件財産分与の対象とはならない。

なお、これらの預金口座の残高の合計額を比較すると、昭和六一年七月末時点の合計額は、正確には把握できないもののほとんど零に等しく、本件内縁の解消時点の合計額は、四万〇九八四円であるから、この金額は、本件内縁期間中に形成されたものとして、財産分与の対象となるものと認めるのが相当である。

(3)  競争馬について

申立人は、相手方が本件内縁期間中に二二頭の競争馬を購入し、その時価は二億一〇〇〇万円であると主張する。

たしかに、資料(Cの甲26ないし28)のほか本件記録によれば、本件内縁期間中に相手方名義で中央競馬の競争馬一頭及び地方競馬の競争馬六頭が購入されたこと、ただし、相手方は、そのうち地方競馬の一頭は実質は共有であり、他の一頭は誰かに名義を冒用されたものであって知らないと述べていること、上記中央競馬の競争馬の購入価格は三〇〇〇万円であったことが認められる。

しかし、本件記録によれば、本件内縁の解消時点までに勝利をあげた馬はなく、他方、餌代、調教師代等の育成費用は一頭につき一か月三〇ないし四〇万円かかり、登録後は、中央競馬で一頭当たり一か月約六〇万円、地方競馬で約三〇万円の経費を負担しなければならないこと、相手方は、競争馬を所有することで利益を出すには至っておらず、平成三年分ないし平成五年分については赤字で確定申告していることが認められる。

これらの事実を総合すると、本件内縁の解消時において、相手方が所有していた競争馬に資産価値があったものと認めることはできず、本件財産分与の対象とすることはできないと解するのが相当である。

(4)  会社の資産

本件記録によれば、相手方は、本件内縁の解消時、甲野興業株式会社及び株式会社コウノという二つの会社を経営し、両社の株式のほとんどを所有していたこと、これらの会社はいずれも相手方が創業したもので、相手方の個人経営の色彩が強いことが認められる。

しかし、本件記録によれば、甲野興業株式会社は、本件内縁が始まった昭和六一年より以前である昭和五三年に設立されたものであり、本件内縁の開始時には、既に正社員一五ないし一七名のほか、必要に応じて季節労働者及び専属的傭車を使用するほどの規模になっていたこと、株式会社コウノは、甲野興業株式会社と同種の事業を目的とする、いわば税務対策のため昭和六三年九月八日に設立された株式会社で、いわゆるバブル景気が終わったため、その存在の必要性がなくなり、平成三年七月に実質的に廃業し、平成四年五月七日に解散の登記、同年一二月三〇日に清算結了の登記がなされていることが認められる。これらの事実に照らすと、本件内縁関係の始まったころには既に、甲野興業株式会社は多数の従業員等を擁する相手方個人とは別個の独立した経済主体となっていたといえるのであって、本件内縁期間中に申立人と相手方が形成した財産の清算という観点からみる限りでは、本件内縁の開始時に既にこのような独立した経済主体となっていたといえる同社の資産を、実質的相手方の資産と同視できるとはいえないというべきである。また、株式会社コウノについても、その設立等の経緯からすれば、甲野興業株式会社と実質的に同一視する余地があるとしても、これを相手方と同一視して、その資産を相手方の資産と同視できるとはいえないというべきである。したがって、これらの会社の資産は、本件財産分与の対象とはならない。

(5)  株式

本件記録によれば、相手方は、本件内縁の開始時以前から甲野興業株式会社の株式を有していたことが認められるところ、本件内縁期間中に、相手方がさらに同社の株式を取得したことを認めるに足りる資料はない。

また、本件記録によれば、相手方は、昭和六三年九月八日に株式会社コウノを設立し、その資本金額は五〇〇万円であったこと、相手方は、同社の株式のほとんどを有していたことが認められる。しかし、上記のとおり、同社は、平成三年七月に実質的に廃業し、平成四年五月七日に解散の登記、同年一二月三〇日に清算結了の登記がなされているところ、本件記録によれば、本件内縁の解消時に近い平成四年四月二〇日時点において、同社の資産の総額は、借入金の総額より小さかったことが認められ、この事実に照らすと、本件内縁の解消時点において相手方が有していた株式会社コウノの株式は、本件財産分与の対象としないのが相当である。

(6)  宝石類

本件記録によれば、本件内縁期間中に申立人が相手方から買い与えられた宝石類は、ネックレス一点、指輪三点であり、その購入価格は、指輪一点が約八〇万円、他の指輪一点が約三〇万円であったことが認められ、なお、その余の価額は不明である。

これらの宝石類は、社会通念に従えば申立人の専用品と見られるから、申立人の特有財産であるというべきであり、したがって、本件財産分与の対象とはならない。

(7)  まとめ

以上によれば、清算的財産分与の対象となるのは、上記の預金の増加額一億〇四五七万六二八五円から負債額六六八〇万円を控除した三七七七万六二八五円と、上記仮名預金、借名預金口座の残高四万〇九八四円だけということとなる。

5  ところで、本件記録によれば、相手方は、上記内縁期間中である平成二年夏ころ、申立人に対し一〇〇〇万円を支払ったこと(時期につき、差戻し前の申立人に対する審問の結果、Cの乙10)が認められるので、このことを清算的財産分与において考慮すべきかどうか検討する。

本件記録によれば、昭和六二年終わりころ、相手方の不貞行為が発覚し、相手方は、申立人に対し、二度と不貞行為をしないこと、及び今後もし不貞行為をしたら一〇〇〇万円を支払うことを約束したこと、ところが、平成二年の夏ころ、相手方が上記約束を破って不貞行為をしていたことが発覚し、相手方は、申立人に対し、上記の支払約束に従い一〇〇〇万円を支払ったこと、以上の事実が認められる。

以上の事実によれば、相手方から申立人に支払われた上記一〇〇〇万円は、相手方の申立人に対する慰謝料的な要素が強いものというべきである。しかし、その金額の大きさに鑑みると、本件内縁関係の解消に際しての清算的財産分与においても、斟酌すべき事情の一つとなるものと考える。

6  なお、本件記録によれば、申立人は、本件内縁終了時に○○の家を出た際、二七点の宝石、貴金属類を持ち出したことが認められるけれども、資料(Cの甲32)のほか本件記録によれば、申立人は、これらの宝石、貴金属類を、姉戊山秋子から借金をする際担保として同女に預けたが、相手方は、平成五年一一月同女からこれを取り戻したことが認められるから、申立人による上記宝石、貴金属類の持出しを、本件において財産分与の一部給付とは認めないこととする。

また、相手方は、「申立人は、本件内縁解消時、甲野興業株式会社から預けられた一五〇万円のほか、家族の生活費及び子供らの預貯金を持ち去った。」旨主張する。しかし、甲野興業株式会社からの預り金及び子供らの預貯金については、これを申立人が取得したとしても、相手方からの金員の移転とは区別されるから、また、生活費の持ち去りについては、その金額等を示す的確な資料の提出はないから、いずれも考慮しないこととする。

さらに、相手方は、「申立人は、相手方が申立人を介して貸付けをしていたAの妻に対する貸付金一〇〇万円、Bの妻に対する八〇万円の貸付金を、回収して取得した。」旨主張する。しかし、申立人が、これらの貸付金を回収したことを認めるに足りる的確な資料はないから、相手方の上記主張も採用できない。

7  そして、本件記録によれば、本件内縁期間中、相手方は、従前に引き続き甲野興業株式会社の代表取締役として、同社の経営に従事していたこと、申立人は、家事及び子の監護養育をしたほか、昭和六三年九月以降は甲野興業株式会社の社員寮の賄いの仕事の手伝いもしていたこと、具体的には、一五人ないし三〇人分の食材の買い出しを担当し、申立人の実働日数は一か月一五日程度であったこと、これに対し同社からは月額一〇万円の給与(ただし、一年のうち八か月分のみ)が支払われていたこと、以上の事実が認められ、これらの事実のほか本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、相手方は、申立人に対し、上記財産分与の対象となる財産の内一〇〇〇万円を分与すべきものとするのが相当である。

よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 倉田慎也)

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